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五街道をはじめとする国内幹線道路の整備は、徳川幕府が江戸に開設されたのを
境に急ピッチで進められました。江戸と各地を結ぶ街道は、参勤交代や流通に
大きな役割を果たし、各街道の要に関所を設けることで、いわゆる「入り鉄砲
出おんな」のリスク管理を実現しています。
江戸時代後期には、東海道を舞台にした「東海道中膝栗毛」は庶民の間で
滑稽本として大好評となり、今の旅のガイドブックのはしりのようなものでした。
1802年(享和2年)から1822年(文政5年)にかけて出版。内容は、江戸神田八丁堀に住む栃面屋弥次郎兵衛(通称、やじさん)と食客喜多八(通称、きたさん)が東海道を江戸から京都、大坂へと上っていく様子を、狂言や小咄を交えながら、当時の口語で描き出した滑稽話である。各地の名物や失敗談がふんだんに織り込まれ、人気を博した。二人のコンビは、俗に「やじきた」と呼ばれる。

徳川幕府にとっては、軍事的な防衛面から街道の整備を進めた経緯があり、
織田信長が物と人の流通を盛んにするために、街道の整備と関所の廃止を
決めたのとは、かなり意図の違いが見えます。

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